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『東アジア海域交流史 現地調査研究~地域・環境・心性~』第2号

『東アジア海域交流史 現地調査研究~地域・環境・心性~』第2号、平成17年度~21年度 文部科学省特定領域研究 東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成―寧波を焦点とする学際的創生―(通称にんぷろ)現地調査研究部門、2007年12月25日

目  次

現地調査研究部門 国際シンポジウム
「海をむすぶ祈り-東アジア海域交流と信仰-」特集

・プログラム
・論文1:舟山群島の寺観祠廟から見たその宗教信仰の発展変遷(柳 和勇/土居智典:訳)
・論文2:福建海神信仰と祭祀儀式(林 国平/土居智典:訳)
・報告3:九州西北部の渡来神仏と石造物(大石一久)
・1~3へのコメント:「海をむすぶ祈り」コメント要旨(野村伸一)
・報告4:宋代の航海神招宝七郎と平戸七郎大権現(二階堂善弘)
・報告5:媽祖と日本の船玉神信仰(藤田明良)
・討論の総括(藤田明良)


《論文》
・寧波商人虞洽卿による寧波・上海航路の開設―寧紹輪船公司の創業―(松浦 章)
・『茶経』に記された“盌”と“甌”の器形について(水上和則)
《翻訳》
・20世紀以後の中国海洋災害史研究について(于 運全/土居智典:訳)
・宋代における垂簾聴政(皇后摂政):権力・権威と女性性(ジョン・チェイフィー/高津 孝:訳)
《現地調査報告》
・ベトナムの一括出土錢調査(櫻木晋一)
・山東省威海市博物館所蔵碑刻『辛汪巡検司創寨記』紹介(山崎 岳)
・舟山群島秀山島のフィールドノート(藤田明良)


フォーラム:「ブローデル『地中海』を読む」研究合宿

【巻頭】
・「ブローデル『地中海』を読む」研究合宿の概要(宇佐美公生)
【各巻の梗概とコメント】
〈第1巻〉
・「Ⅰ 環境の役割」梗概(向 正樹)
 〔第1巻コメント〕「地中海と東アジアの環境に関する覚書」(岡 元司)
〈第2巻〉
・「Ⅱ 集団の運命と全体の動き1」梗概(大塚 修)
 〔第2巻コメント〕「海域アジア世界における「集団の運命と全体の動き」」(四日市康博)
〈第3巻〉
・「Ⅱ 集団の運命と全体の動き2」梗概(蓮田隆志)
 〔第3巻コメント〕「海域史叙述の可能性を考える」(鈴木英明)
【参加者コメント集】
・ブローデルの流通史観(谷澤 毅)
・ブローデルと植民地の地理学(工藤晶人)
・ブローデル合宿に参加して(芹川 梓)
・二度目の考察、地中海その地にて(伊藤正彦)
・「ブローデル『地中海』を読む」参加記(澤井一彰)
・山地と平野(藪 敏裕)
・「地中海世界」から「東アジア海域世界」へ―「中国」の呪縛との格闘(岡本弘道)
・儒学者は海上帝国の夢を見るか? (高山大毅)
・アルス・コンビナトリアの夢(木村直弘)
・専門性という権力の座(高津 孝)
・後世の判断を俟つ(小島 毅)
・マカオでブローデルを想う(羽田 正)
【随想「地中海」】
・海は切り離す、しかしつなぐ(逸身喜一郎)
・海と古代ギリシアの哲学者 (田中伸司)


《新刊案内》
・茶書研究の新刊書の紹介(高橋忠彦)
・ヒルデ・デ・ヴィールドト著『内容を巡る競争:帝政中国(1127-1276)における科挙にとっての基準の交渉』(高津 孝)
・ジョゼフ・マクダモット著『中国書籍の社会史 帝政後期中国における書物と知識人文化』(高津 孝)

・彙報:現地調査研究部門全体活動記録(2007年1月~12月)
・現地調査研究部門構成員一覧


よく考えると、これも一応“研究業績”なんだろうか?
私が書いたコメントは、たったの2ページしかないのだけれども。

一つの世界を書くに当たって、その世界の構成要素をどのような基準で、どのくらいの規模で、どのくらいの数で設定するのかという問題は、実際に描き出す内容を決定的に左右する。
同じ範囲の世界を対象とするにしても、その構成要素を“国民国家”にするか、“民族”にするか、“階級”にするか、“男”と“女”にするかによって、描かれる世界の有り様はまるで違うものになってしまうだろう。
ひとまず現在の国民国家の枠組を超えた歴史世界を設定する場合、それまで蓄積されてきた“国民国家の歴史”をかき集めて一覧するところから作業を始めることになるわけだが、その“国民国家の歴史”の規模にあまりにも落差があり過ぎると、それぞれの要素を“公平に”比較考量することが困難になってくる。
「地中海世界」と「東アジア海域世界」を比べると、前者は比較的似たような規模の“国民国家”で構成されるのに対し、後者は“国民国家”を基準に見ると「中国」が圧倒的に大きく、強い影響力を持っている。
むろん、前近代の「中国」は、国民国家などではない。
けれども、現在の我々が、多くの矛盾を抱えつつも超巨大国家として現に存在している、中華人民共和国という枠組の呪縛から完全に自由になって、この地域をイメージすることが困難であることは(残念ながら)認めざるを得ないだろう。
前近代に“帝国”として存在したそれぞれの中華王朝と現在の中華人民共和国との間には随分ねじれがあり、紆余曲折があるわけだが、それでも極めて強力な(そうでない面も含むが)国家支配が存在し続けたことは間違いがない。
しかも、この「中国」は国家支配という問題を別にしても、文化的にも経済的にも厳然たるパワーを持ち続けてきたことも確かである。
国家を超える枠組として「東アジア海域世界」を設定するからといって、ひとまず「中国」を抜きにして考えましょうというのでは、話は通らない。
かといって、「中国」をその全体に占めるウェイトに見合う比重で議論しようとすれば、それはいわゆる「中国史」とどれほど違うのか、ということにもなってくる。
このようなことは今更言うまでもない、とっくに周知のことのようにも思われるが、分かっているからといってうまく対応できるか、処理できるかというとこれが随分難しい。
ではどうしたものか……という話なのであるが、これ以上書くと提出した原稿より長くなってしまいそうなので今日はここまで。

まあ、賢明な読者の皆様にはおわかりのことだと思いますが(笑)。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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