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歴史研究の日々のよしなしごとについて

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琉球と海域アジアの歴史研究のために

本ブログは琉球及び海域アジアの歴史研究に携わる者の立場から、ささやかな情報発信の場として立ち上げるものである。

ここでいう琉球とは、かつて琉球王国の統治が及んだ領域のことで、現在の沖縄県と鹿児島県の奄美諸島に相当する地域のことを指す。
琉球は19世紀後半に日本に正式に編入されるまでの長きにわたり、九州以北とは異なる独自の歴史を歩んできた。
もちろん、古代より九州以北の日本諸地域とも様々な交流は存在したが、その歴史の営みは旧来の狭い意味での「日本史」に収まるようなものではない。
さらに私が専門にしている琉球王国の時代になると、明や清といった中国大陸の王朝に朝貢し、交易を行い、また王としての冊封を受けるなど、中国史やユーラシア史とも直接に連動するようになってくる。
さらに、中国以外にも日本や朝鮮・東南アジアの各地に交易船を派遣して、東アジア海域と東南アジア海域を結びつける役割を担うことにもなる。
このような広域の歴史的文脈の中で琉球が注目されるようになる一方で、「琉球」と総称される地域の中のそれぞれの島が持つ多様性にも、次第に注意が払われるようになってきた。
宮古、八重山、久米島、奄美、トカラ…それぞれの島嶼域が持つ個性は、沖縄本島を中心にした旧来の狭い意味での「琉球史」の語りに再考を迫るものであろう。

もちろん近年の研究動向は、日本史であれ中国史であれ、スタンドアローンな存在に留まり続けることを許さなくなってはいるのだが、琉球史の場合、そもそものあり方としてスタンドアローンではあり得ないという点で一線を画しているように思われる。
つまるところ、琉球史研究とは多様な歴史的文脈のクロスオーバーとして発展し続けるのが本来の姿、常態なのだろうと思うわけである。

しかし、そのようなことは言うが易く、行うは難きものである。

もとより浅学の身とはいえ、手持ちのささやかな情報を発信し、同時に上記の問題意識を巡る試行錯誤の姿をさらすことで、一歩でも半歩でも前に進めないものだろうか?
そんな想いが、本ブログの根底には流れている。

そもそも私は琉球史研究を行う場所という点では外れも外れ、中心からほど遠いところにいるので、さしたる情報も持ち合わせてはいないが、様々な視点をお持ちの方々と意見を交わす中で、琉球史の姿を模索して行ければ、と願っている。

まぁ、気負ってばかりいても話は進まないので、まずは気楽に始めてみましょうか。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

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