本日、4月以降に拝領した抜刷とその目次をアップしてみた。
4月、5月と学会や研究会がてんこ盛りだったこともあって、予想以上の分量だった。
日付は原則としてその抜刷を受け取った日。
もっとも、今後遡及入力をするに当たっては受領日を確認できないケースが増えそうなので、2007年3月以前の抜刷データは原則としてその論文の発行月を採用することになるだろうが。
研究者同士で抜刷を渡し合うという文化はどのくらい普遍的なものなのか、私にはよくわからない。
ただ、隣接分野も含めて研究成果にアクセスしやすくなり、敷居が低くなるというのはありがたいことである。
他の研究者のウェブサイトでは受領した論文の書誌データをアップしているところがいくつもあるが、純粋に書誌データを知ることができるだけでなく、その研究者の活動範囲や視野を知る上でも興味深い。
このブログでは拝領した抜刷の書誌データに加えて、目次データも載せることにしようと思う。
さらに内容紹介や短評などあればなお有益なのだろうが、さすがにそれは荷が重いし、誤読などあれば著者にご迷惑がかかる。
この程度の情報で役に立つことがあるかどうか、今は定かではないがとりあえずこれでしばらくやってみたい。
で、こうして抜刷を整理していると、別の意味での効用、というかプレッシャーもかかってくるわけで…。
私のような人間でも、〆切というものは情け容赦なくやってくるものなので、今抱えている分だけでもかなりの量にはなると思うのだが…。
まずはスケジュールの緊迫している7月を乗り切らねば。
なにはともあれ、抜刷をくださった方々には、心より御礼申し上げます。
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本ブログは琉球及び海域アジアの歴史研究に携わる者の立場から、ささやかな情報発信の場として立ち上げるものである。
ここでいう琉球とは、かつて琉球王国の統治が及んだ領域のことで、現在の沖縄県と鹿児島県の奄美諸島に相当する地域のことを指す。
琉球は19世紀後半に日本に正式に編入されるまでの長きにわたり、九州以北とは異なる独自の歴史を歩んできた。
もちろん、古代より九州以北の日本諸地域とも様々な交流は存在したが、その歴史の営みは旧来の狭い意味での「日本史」に収まるようなものではない。
さらに私が専門にしている琉球王国の時代になると、明や清といった中国大陸の王朝に朝貢し、交易を行い、また王としての冊封を受けるなど、中国史やユーラシア史とも直接に連動するようになってくる。
さらに、中国以外にも日本や朝鮮・東南アジアの各地に交易船を派遣して、東アジア海域と東南アジア海域を結びつける役割を担うことにもなる。
このような広域の歴史的文脈の中で琉球が注目されるようになる一方で、「琉球」と総称される地域の中のそれぞれの島が持つ多様性にも、次第に注意が払われるようになってきた。
宮古、八重山、久米島、奄美、トカラ…それぞれの島嶼域が持つ個性は、沖縄本島を中心にした旧来の狭い意味での「琉球史」の語りに再考を迫るものであろう。
もちろん近年の研究動向は、日本史であれ中国史であれ、スタンドアローンな存在に留まり続けることを許さなくなってはいるのだが、琉球史の場合、そもそものあり方としてスタンドアローンではあり得ないという点で一線を画しているように思われる。
つまるところ、琉球史研究とは多様な歴史的文脈のクロスオーバーとして発展し続けるのが本来の姿、常態なのだろうと思うわけである。
しかし、そのようなことは言うが易く、行うは難きものである。
もとより浅学の身とはいえ、手持ちのささやかな情報を発信し、同時に上記の問題意識を巡る試行錯誤の姿をさらすことで、一歩でも半歩でも前に進めないものだろうか?
そんな想いが、本ブログの根底には流れている。
そもそも私は琉球史研究を行う場所という点では外れも外れ、中心からほど遠いところにいるので、さしたる情報も持ち合わせてはいないが、様々な視点をお持ちの方々と意見を交わす中で、琉球史の姿を模索して行ければ、と願っている。
まぁ、気負ってばかりいても話は進まないので、まずは気楽に始めてみましょうか。
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